この記事では、M&Aの実務では欠かすことができないプロジェクションと企業価値評価を解説します。
プロジェクションの策定意義や企業価値評価との繋がり、また企業価値評価の手法について具体的に見ていきます。
プロジェクションとは、要するに「事業計画」を指します。予測損益計算書(PL)モデル、予測貸借対照表(BS)モデル、予測キャッシュフロー(CF)モデルの3つを主軸に、それらを決定づける複数のシミュレーションを包含した財務予測モデルの集合体のことを言い、M&A取引の現場、企業価値評価等、様々なシーンで用いられます。
プロジェクション策定の重要な目的の1つに企業価値評価があります。いくつか策定手法がありますが、なかでも、1番メジャーとなっているのが「DCF法」と呼ばれる手法です。応用性が高く重要な情報を織り込むことができ、更に共通言語としての認知度の高い評価手法のため、主要な評価手法であるという考え方が定着してきています。DCF法は、売上の成長が止まり横ばいに近くなる将来の一定時点までプロジェクションを策定し、プロジェクションの数値データを材料に計算される期待FCFをその不確実性を反映した割引率で割り引くことで現在価値を算定し、それらを合算したものを事業価値として算定するものです。そのため、評価の最も根幹をなす重要な材料は将来の期待FCFといえます。この意味では、プロジェクションの策定とそこから期待FCFを算出する過程は企業価値を考える上で、最初のそして最も重要なステップになるといえます。
ここでは、DCF法におけるプロジェクション策定のポイントを解説します。
DCF法の前提となるプロジェクションは、単なる数字の積み上げではなく、過去実績や外部環境と整合している必要があります。売上高の成長率や営業利益率は、過去の推移や業界の一般的な水準を大きく逸脱すると説得力を失います。また、経営者が掲げる戦略や事業計画とリンクしているかどうかも重要です。DCFは理論的評価手法であると同時に、投資家や買収者を納得させる資料でもあるため、説明可能性と合理性を備えた前提を置くことが重要になります。
通常、プロジェクションは5年から10年程度の期間を想定して作成されます。成長企業や新規事業を展開する会社であれば長めに設定する一方、安定した成熟企業であれば短めの設定でも妥当とされます。重要なのは、この期間終了後に「ターミナルバリュー(継続価値)」を見積もる点です。プロジェクション期間とターミナルバリューが全体評価に与える影響のバランスを意識する必要があります。
DCFにおける売上予測は、単なる前年対比の成長率ではなく、市場規模やシェア、競合環境を踏まえて策定することが望まれます。例えば、新製品の投入や新市場への参入を織り込む場合、その背景にある市場調査や経営方針を明示することで、数値に説得力を持たせられます。また、売上成長率を設定する際には、業界平均やマクロ経済の成長率と比較し、乖離が大きすぎないかを確認することが求められます。
営業利益率やEBITDAマージンの前提は、将来キャッシュフローを大きく左右します。そのため、コスト構造を変動費と固定費に分けて把握し、売上増加に応じて利益率がどのように変動するのかを合理的に設定することが必要です。さらに、リストラ費用やM&A関連費用といった一時的なコストは、将来予測からは排除して考えるのが一般的です。
フリーキャッシュフローを計算するうえで、設備投資や運転資本の見積もりは欠かせません。売上が拡大するなら、それに伴って設備投資が必要となり、また売掛金や棚卸資産といった運転資本も増加します。逆に、効率化によって運転資本が圧縮されるケースもあります。これらを売上や利益と独立して設定するのではなく、成長シナリオと一体的に整合させることが重要です。
DCF法ではキャッシュフローを税引後で算定するため、適用税率をどう設定するかが影響します。実効税率や繰越欠損金の有無を加味し、将来の課税所得に照らして合理的に決定することが必要です。また、割引率として用いるWACCとの整合性も忘れてはいけません。楽観的すぎるプロジェクションと高めの割引率を組み合わせてしまうと、結果として評価が歪んでしまうため、全体としてバランスを保つことが求められます。
DCFは将来予測に基づく手法である以上、単一のシナリオに依拠することは危険です。一般的には、ベースケース、アップサイドケース、ダウンサイドケースの複数シナリオを作成し、評価額の幅を検証します。こうした感度分析を行うことで、不確実性を織り込み、評価の妥当性やリスク許容度を可視化することができます。
「企業価値」という言葉が正しく用いられていない場面が多々見受けられます。その理由は、「企業価値」の概念に類似するものが複数あり、混同されがちであることが考えられます。それは、「株主価値(≒株式時価総額)」と「事業価値」です。注意すべき点は、株式譲渡によって株式を売却する場合に対価となる価値は「企業価値」ではなくて「株主価値(≒株式時価総額)」であることです。
「株主価値」と「企業価値」とは異なる価値を意味します。「会社の価値は債権者と株主で分け合うものだ」という表現であればイメージがつきやすいでしょうか。例えば、会社全体が500の価値(企業価値=500)だと仮定すると、債権者が200の貸付をしていれば(つまり、対象会社が借入や社債発行を200行っていれば)、債権者に帰属する価値は200であり、残額の300が株主にとっての価値になります。買収者が許容できる企業価値が500であるという場合に、対象会社に優先株主等が存在すれば、債権者に帰属する価値を控除した300の価値を優先株主と普通株主で分け合う形となります。この前提の中で、会社全体の価値である500の価値というのが「企業価値」であり、株主に残る300の価値が「株主価値」となります。
上場会社等の「時価総額」データ等はインターネットで簡単入手できますが、この場合の「時価総額」は、通常「普通株式の時価総額」を意味します。つまり、優先株式を発行する会社の株主価値を正確に知るためには、これに加えて「優先株式の時価総額」も加算する必要があります。
また、「企業価値」だけではなくて、「事業価値」という概念も非常に大切です。「事業価値」とは、企業価値から会社の非事業資産(余剰資金や短期的取引を目的とした有価証券、遊休資産等)の価値を控除した、会社の事業そのものの価値を指します。DCF法等による評価をはじめる際に最初に算定される価値です。数式上は、企業価値から非事業資産を控除し算定されますが、実務においてはDCF法で算出された事業価値に非事業資産を加算して企業価値を求める場合が多いでしょう。
DCF法は、企業の事業資産により将来発生すると見込まれるキャッシュフローを割り引いて現在の事業の価値を算出するものですから、算出された価値には非事業資産が含まれていないというわけです。これは、余剰資金や短期的取引を目的とした有価証券、遊休資産等は将来の予測キャッシュフローの獲得に貢献しないためです。
企業価値評価においては、まず「事業価値」を算出し、「非事業資産」を加算して「企業価値」を求めます。その後「有利子負債等」を控除して「株主価値」を算出するという順番を経ることが多いです。企業は「債権者」と「株主」から拠出された資金を使って事業運営をしていきます。それぞれの資金拠出者は、当該資金投下に対するリターンを期待して「融資」や「投資」を実施します。そのため、「株主」にとっての価値(株主価値)を算出するには、「企業価値」から「債権者」に帰属する権利部分(有利子負債等)を控除する必要があるのです。
また、「優先株式」等を発行している企業においては、「普通株式にかかる株式価値」を算出する場合、「優先株式」の価値をさらに株主価値全体から控除する必要があります。
それ以外にも、企業グループを評価する場合で、子会社株式の一部を親会社以外の株主(非支配株主)が保有している場合、連結会計上は「非支配株主持分」として、外部が保有する価値が貸借対照表上に計上され、子会社の価値の一部をグループ外の他者が有していることが表示されます。企業全体の価値である「企業価値」には影響はありませんが、その親会社の株主が保有する「株主価値」を算定するにあたっては、「非支配株主持分」の時価をさらに控除することが必要です。実務上は簡易的に「非支配株主持分」の簿価をそのまま控除して計算することが多いです。
「事業価値」から「企業価値」を求めるには、「非事業資産」を明らかにする必要があります。また、「企業価値」から「株主価値」を求めるには、「有利子負債(社債を含む)」だけでなく、有利子負債に類似する負債である「デットライクアイテム」も含めて控除する必要があります。ここでは、この「非事業資産」と「デットライクアイテム」について説明します。
非事業資産とは比較的容易に算定可能です。まずは事業運営に必要でない現預金が代表的なものであり、それ以外に事業運用に関係していない資産があればこれらの金額を合算します。現預金以外の代表的なものとしては、換金可能な上場有価証券、遊休不動産、確実に返済されることが想定される貸付金などがあります。要するに、買収者が買収後にすぐに売却して資金を獲得できる資産であり、かつ事業に何の影響も及ぼさない資産であるといえます。
「企業価値」から「株主価値」を算出する場合、有利子負債の控除に加えて、「デットライクアイテム」も控除します。デットライクアイテムを簡潔にいうと「将来的な支出、損失または収入減少」になりうる負債がこれに該当します。例えば、退職給付債務、リース債務、資産除去債務等が挙げられます。
「非事業資産」および「デットライクアイテム」は、常に「時価」で算定していきます。簿価2億円の不動産であれば、現在いくらで売却できるかという考え方に立って「非事業資産」に算入すべき金額を算出します。「非事業資産」と「デットライクアイテム」および「有利子負債」がわかれば、「事業価値」、「企業価値」、「株主価値」の相互変換が可能になります。
原則的には、買収者は対象企業が「将来どの程度のキャッシュフローを生むか」という観点から、過去から現在の状況をベースに検討したうえで買収価格を決定します。もちろん、ざっくりした計算で評価される場合もありますが、教科書的に言えば買収者は以下のステップで買収価格を検討します。
① プロジェクションを検討したうえでDCF法や類似会社比較法等の企業価値評価手法により対象会社単独の現在価値を算出する。
② シナジー等の現在価値を算出して①の価値に加算し、競合上の論点、買収者側の会計・税務上の論点、財務状況等に鑑み、必要に応じてさらに価値を加減調整する。
③ ②の価値から買収に伴うFA費用等の諸経費を控除する(=最大買収可能価額)
④ ③の最大買収可能価額から買収者側の価値創造部分を控除して最終的な買収価格を決定する。
一般的な「企業価値」の評価は①の手続きを指しますが、買収者にとっての「買収できる最大の価額(=最大買収可能価額)」は、対象会社単独の現在価値にシナジーの現在価値を加算した価値を基準に必要に応じた調整をかけ、さらに諸経費を控除して算定します。そこから④の調整を行うことで、買収者側の価値創造部分の調整を加えた上で最終的に売却者側へ提示する買収価格が決定されます。
なお、②の「競合上の論点」とは、対象会社を買収者の競合企業に買収されてしまった場合に、どういった影響があるかの評価を指します。仮に競合会社が対象会社を買収したとなると、競合会社の競合優位性が強化されることに繋がり、将来的には買収者自身の事業に大きな悪影響を及ぼす可能性があります。こういったケースでの悪影響の程度を価値評価(防御価値の評価)することがあります。
また、②の「会計・税務上の論点」としては、「のれん償却」の論点があります。買収にあたって買収者側に多額の「のれん」が計上されると、買収者側の連結損益計算書上で「のれん償却」費用が発生します。通常、過半数超の買収を実施して対象会社を連結子会社にすれば、買収者の連結営業利益は対象会社の営業利益の分だけ増加します。しかし、「のれん償却」が対象会社の営業利益より大きければ、「のれん償却」は販売管理費に計上されるため、その差額分だけ買収者側の連結営業利益が買収前と比べて低下してしまうので、「のれん償却」についても注意が必要です。
最後に、④の「買収者側の価値創造部分」についてです。買収者は最大買収可能価額すべてを実際の買収価格とするわけではありません。最大買収可能価額は、当該買収により買収者が実際に獲得できる価値であるため、その全額を買収金額としてしまうと買収者側にはM&Aの価値が残らなくなってしまうからです。
このようなプロセスによって買収者は最終的な買収価格を決定していくことになりますが、買収者側内部での算定過程は売却者側には開示されないことがほとんどです。買収者は当然できるだけ低い金額で買収したいので、シナジー価値については算定に含めずに評価しようとする場合があります。しかし、対象会社が買収者とのシナジー効果が高いなどの優良企業の場合、「他の買収者」という競合が現れることもあります。そこで他のライバル企業に競り勝って買収を実行するために、優良企業を対象とする多くの場合で、シナジー価値を含めた評価を前提に買収価格が決定されています。
企業価値評価の評価アプローチは複数ありますが、大きく3つに区分していきます。
(投下された資産によるアプローチ。コストアプローチと同義。純資産価値法等)
⇒対象会社のBS上の純資産を株主価値として評価する手法になります。このアプローチの中心的な考え方は、「企業の価値は、その保有する資産の価値から負債を控除した残りで決まる」というものです。これは帳簿上の簿価ではなく、資産・負債を時価ベースに修正して評価するのが一般的です。例えば、不動産や有価証券などは時価評価し、棚卸資産や機械設備なども実際の市場価値を反映させます。また、含み益や含み損、偶発債務なども加味して「実質的な純資産価値」を求めます。このアプローチは、将来の収益力よりも現状の財産的価値に着目するという点で、DCF法やPER法とは本質的に異なります。特に、赤字企業や清算価値を重視するケースでは、ネットアセット法が現実的な評価を与えることが多いです。
(将来キャッシュフローと割引率によるアプローチ。DCF法等)
⇒対象会社等の期待キャッシュフローを現在価値に割り引いた合計額を事業価値等として評価する手法になります。この考え方は、財務諸表上の簿価や資産の時価ではなく、企業が将来どれだけ利益を生み出せるか、すなわち収益力に基づく「本源的な価値」を評価する点に特徴があります。そのため、インカム・アプローチは事業の成長性や経営の継続前提を前提とする「ゴーイング・コンサーン企業」の評価に特に適しています。
また、最大の特徴は、「将来の成長」と「リスク」を同時に反映できる点にあります。成長が見込まれる企業はキャッシュフローが大きく評価され、一方でリスクの高い企業は高い割引率によって価値が抑えられます。このように、将来の期待値と不確実性のバランスを内包した合理的な評価モデルである点が、インカム・アプローチの本質です。
(利益倍率等を用いたアプローチ。類似会社比較法等)
⇒上場類似会社や類似取引における利益倍率や資産倍率を用いて対象会社の企業価値(事業価値)や株主価値を評価する手法になります。最大の特徴は、実際の市場データに基づく評価であるという点です。株式市場に上場している類似企業の株価や、過去に行われたM&A取引の価格をもとに、対象企業の収益規模や財務指標に倍率(マルチプル)を掛け合わせて価値を算出します。このため、評価者の主観や仮定を最小限に抑え、市場参加者が実際に「いくら払っているか」という現実の水準を反映できるのが大きな魅力です。DCF法のように将来予測に依存せず、「現在の市場の評価感」をそのまま反映できる点が、マーケット・アプローチの特徴的な強みです。
それぞれの評価アプローチは異なる特徴をもつことから、評価の目的や対象会社の特性等に鑑みたうえで適切な評価手法を選定していく必要があります。また、実際の評価の際には、複数の評価方法による算定結果を比較検討する場合があります。多くの評価手法では、企業価値は以下の3点に大きく影響を受けます。
以降の章では、ネットアセットアプローチとインカムアプローチ、マーケットアプローチの各種手法について詳しく見ていきます。
ネットアセットアプローチの基本手法のひとつである「純資産法」は、企業の保有する資産と負債を時価ベースで評価し、その差額をもって企業価値(株主価値)とする考え方です。いわば「企業の解体価値」を測るアプローチであり、将来の利益創出能力ではなく、現時点での財産的裏付けを重視する点に特徴があります。
この手法は、貸借対照表(B/S)をベースに、土地や建物、機械設備、有価証券などの資産を時価に修正し、そこから負債を差し引いて算出されます。簿価のままでは評価が実態とかけ離れてしまうため、含み益や含み損を反映させ、より実態に近い価値を導き出すことがポイントです。
特に、中小企業や資産管理会社など、資産内容が企業価値に直結するケースでは非常に有効なアプローチといえます。例えば、不動産を多数保有する企業や、遊休資産・有価証券の評価が企業価値に大きく影響する場合などです。
純資産法の最大のメリットは、評価が明快で客観的である点です。将来予測やシナリオ分析を必要とせず、現在の財務諸表と市場価値に基づいて評価できるため、恣意性が入りにくく算定プロセスの透明性が高いという利点があります。
そのため、利害関係者間での説明責任を果たしやすく、特に相続や事業承継、株主間取引、清算・分割時の評価など、安定的・保守的な評価が求められる局面で重宝されます。
また、収益力が低下している企業でも、保有資産に価値があれば評価を下支えできる点も特徴です。例えば、赤字企業であっても保有不動産や有価証券の含み益が大きければ、純資産法では一定の企業価値を認めることができます。
このように、実態資産に裏付けられた安全性を評価できる手法として、金融機関や税務当局などの保守的な立場からも受け入れられやすいのです。
純資産法は企業の収益力や将来性を反映できないという致命的なデメリットがあります。企業というのは単なる資産の集合体ではなく、事業活動によって付加価値を生み出す存在です。それにもかかわらず、純資産法ではその「稼ぐ力」や「ブランド価値」「人的資本」といった無形の要素を過小評価してしまいます。
例えば、IT企業やスタートアップ、サービス業など、資産よりも知的財産や技術、人材、ビジネスモデルに価値の源泉がある企業を純資産法で評価すると、実際の市場価値を大きく下回る結果になるでしょう。
また、含み益を正確に把握するには不動産評価や有価証券評価など専門的な知見が必要であり、適正な時価の算定にコストと手間がかかる点も実務上の課題です。
エンタープライズDCF法とは、企業全体(=事業価値全体=Enterprise Value)を、将来の「フリーキャッシュフロー(FCF)」の現在価値の合計として評価する方法です。事業から生まれるキャッシュフローに基づいて評価を行うため、財務構造(借入の有無)に左右されず、純粋な事業の収益力を評価できます。また、株主・債権者の双方が企業に要求するリターンを統合した割引率(WACC)を用いることで、全体的な資本コストの視点から企業を評価します。過去の会計利益ではなく、将来のFCF(キャッシュベース)を重視するため、将来の成長性や経営計画を的確に反映できる点も特徴の1つです。
① 理論的に最も整合的な評価法: 企業の本質的価値は「将来のキャッシュ創出力」であるというファイナンス理論と完全に整合します。
② 財務レバレッジの影響を排除できる: 借入の多寡に左右されず、純粋な事業の力を評価できます。
③ 他社比較や複数シナリオ分析が容易: WACCやFCFの前提を変えることで、様々な条件下での企業価値を比較検討できます。
事業価値(EV)の算定は、将来のフリーキャッシュフローを割引率(WACC)で現在価値に割り引き、それらを合算することで行います。
EV = Σ [FCFₜ / (1+WACC)ᵗ] + TV / (1+WACC)ⁿ
各用語:
株主価値(Equity Value)は、以下の式で算定されます。
株主価値 = EV − 有利子負債 + 現金預金
フリーキャッシュフローとは、企業が事業活動から生み出した現金のうち、設備投資や運転資本の増加を差し引いた後に残る「自由に使える現金」のことです。
FCF = 営業利益(EBIT) × (1−税率) + 減価償却費 − 設備投資(CAPEX) − 運転資本増減
企業が資金調達する際のコストの加重平均です。株主資本コストと負債コストを、それぞれの構成比で加重平均して算出します。
WACC = [E/(E+D)] × Re + [D/(E+D)] × Rd × (1−T)
各用語:
「終価」とは、DCF法で将来のフリーキャッシュフロー(FCF)を一定の期間(通常は5〜10年程度)まで予測したあと、その期間以降も企業が存続してキャッシュを生み出し続ける価値をまとめて表したものです。
TV = FCFₙ × (1+g) / (WACC−g)
g: 永続成長率(通常は名目GDP成長率や業界の長期成長率を参考に設定)
前提条件:
計算:
1年目現在価値: 2億円 / 1.08 = 1.85億円
2年目現在価値: 2.5億円 / 1.08² = 2.14億円
終価現在価値: 42.6億円(仮定)
結果:
EV = 1.85 + 2.14 + 42.6 = 46.6億円
株主価値 = 46.6 − 5 + 2 = 43.6億円
DCF法で最重要なのはプロジェクションの妥当性です。売り手は高値のため強気の予測を、買い手はリスクを織り込んで慎重な予測を行うため、「期待のギャップ」が交渉の焦点となります。合理的で説得力のあるプロジェクション策定が、DCF法による企業価値評価の成否を分けるのです。
類似会社比較法とは、対象会社と類似する上場会社を複数社選定した後に、各類似会社の倍率指標データ(時価総額/利益等)を取得し、これらのデータから適切といえる倍率指標(類似会社倍率指標の平均値や中央値等)に対象会社の利益を乗じることによって対象会社の価値を導き出すアプローチです。
例: 対象会社の当期純利益が5億円、上場類似会社の当期純利益が10億円で時価総額が100億円の場合、倍率は10倍となります。この倍率を対象会社に適用すると、対象会社の価値は50億円と推定されます。
過去に会社売却等を実施した対象会社と類似する会社にかかる財務データ・買収価格等が公表されている場合、その倍率を根拠に対象会社の価値を推定します。事業KPI等を用いることも可能です。
EV/EBITDA倍率とは、「EV(企業価値/事業価値)」を「EBITDA(営業利益+減価償却費)」で割った倍率です。
「EV」を「事業価値」あるいは「企業価値」として混用する実務があるため、定義ずれに注意が必要です。
「PER」は「1株当たり株主価値/1株当たり当期純利益(EPS)」の倍率です。比較的シンプルで直感的、利益ベースの評価が可能です。市場データで比較可能なため、スクリーニングや初期評価に最適です。
シナジー効果とは、「2つ以上の企業・事業が統合して運営された場合の価値やキャッシュフロー等が、それぞれが単独で運営された場合の合計よりも大きくなる効果(ネガティブシナジーの場合は「小さくなる」効果)」と説明することができます。具体的には以下のように「売上シナジー」、「コストシナジー」、「研究開発シナジー」、「財務シナジー」、「ネガティブシナジー」の5領域に分類し検討することでより明確に理解することができます。
統合により、売上の拡大が期待できる効果で、下記のものが代表例として挙げられます。
重複業務や資源を統合することで、コスト削減を実現する効果で、実務で最も計量化しやすいシナジーになります。
技術・ノウハウ・知的財産を融合し、新製品・新技術を生み出す効果です。特に製薬、IT、製造業など技術集約型の企業では重要視されます。
資金調達力や資本構成を統合することで、財務面の効率化・安定化を図る効果です。M&Aにより、財務基盤の強化や資金コストの低減が期待されます。
統合によって、かえって効率や業績が悪化する負の効果です。文化摩擦、顧客離反、重複投資などが典型例です。
これらの具体的な内容に加えて、「買収者にとっての事業推進スピードの向上」という効果も重要です。事業環境が刻一刻と変化する中で、この「スピードアップ効果」は非常に重要な点であろうと考えられます。また、これらシナジーは、①対象会社の財務諸表に反映されるもの、②買収者側(または対象会社以外のグループ会社)の財務諸表に反映されるものの2つがあります。
いかがでしたか? プロジェクションと企業価値評価の各種論点についてお話ししました。 この記事が皆様にとってお役に立てば幸いです。