中小企業M&Aの実務 ―「役員退職金・欠損金の取扱いを徹底解説」―

2025.11.22
M&A業界情報
中小企業M&Aの実務―役員退職金・欠損金の取扱いを徹底解説
欠損金

0. はじめに

この記事では、M&A時において論点となりやすい「役員退職金」「欠損金」について取り扱います。

譲渡企業が退任する役員へ役員退職金を支給するケースが多くあります。役員退職金の算定方法や、譲渡企業及び役員退職金を受給する役員の課税方法等について確認します。

欠損金は、翌期以降へ繰越ができるため譲渡企業におけるM&A後の課税にも影響が生じます。そのため、その留意点及び前年の納付済み法人税の還付請求にも利用できる点も確認します。

1. 支給するメリットと支給額の決め方

(1) 支給するメリット

メリットについては次の3つの側面で考えることができます。

① 税務面でのメリット

譲渡企業側

→ 退職金は法人の損金に算入できるため、譲渡直前に支給すれば譲渡企業の課税所得を圧縮できる。

役員個人側

→ 退職所得控除が使える。

退職所得は「2分の1課税」になるため、給与や配当で受け取るより税率が有利になります。

② 買い手側からの評価

→ 譲渡企業側が退職金を支払うことで、創業者利益を譲渡前に清算でき、のれん負担や買収価格に影響しにくい。

経営から退く役員に報いることで、買収後のガバナンスがスムーズになる傾向にあります。

③ 社内外の理解

→ 創業者・長年貢献した役員への功労金的な意味合いとして、従業員や少数株主の納得感にも繋がるという側面があります。

(2) 役員退職金の支給額の決め方

① 基本的な計算式

基本的な計算式(裁判例・実務で用いられた目安)

役員退職金額 = 最終報酬月額 × 支給月数 × 在任年数補正率

  • 最終報酬月額:基本報酬(役員報酬)の月額
  • 支給月数:功績倍率とも呼ばれ、役職に応じて決定
    • 代表取締役:36か月程度
    • 専務・常務:24〜30か月程度
    • 平取締役:12〜24か月程度
  • 在任年数補正率:勤続年数による調整(短期の場合は減額)

② 税務的な「妥当性の範囲」

明らかに高額だと「過大役員退職金」として損金算入を否認される可能性があります。裁判例・国税の通達では「功績倍率36か月程度」が一般的な上限目安です。

M&A実務ではDD(デューデリジェンス)の段階で退職金規程や過去の支給事例を確認し、支給される役員退職金の妥当性について確認することが必要になります。

(3) 実務上での注意点

① 税務上の留意点

過大役員退職金の否認リスク

→ 税務署は「社会通念上妥当な水準」を超える部分を損金算入否認します。特にM&A直前は「買い手への利益移転」と見なされやすく、厳しくチェックされるため、役員退職金の金額的妥当性には注意が必要です。

勤続年数のカウント

→ 監査役や取締役など役職を跨いだ場合でも「役員勤続年数」として通算できます。ただし、従業員期間は別扱いになるので、従業員退職金と役員退職金を区分する必要があります。

分割払い不可

→ 退職金は原則、「一時金」で支払うことが前提になります。分割すると「給与課税」される恐れがあるので、注意が必要です。

② 法務・手続き面

株主総会の承認が必須

会社法361条により、役員退職慰労金は株主総会決議が必要(定款に定めがある場合を除く)です。「〇〇取締役の退職慰労金については、具体的金額は取締役会に一任する」という形で決議されることも実務上は多いです。

取締役会の手続き

金額算定根拠(報酬月額・在任年数・功績倍率など)を議事録に残すことで、税務調査対応や買い手への説明材料になります。

M&A契約への反映

SPA(株式譲渡契約書)に「クロージング前に退職慰労金を支給する」旨を明記します。買い手が承知しないまま退職金を支給すると、のちに損害賠償請求につながるリスクがあるので注意が必要です。

③ 買い手との交渉上の注意

退職金は会社から支出されるため、純資産が減少し株価が下がることが一般的です。売り手としては「退職金を厚めに設定 → その分株価が下がるが、税制優遇を受けつつ経営者が手取りを増やすことができる」という戦略が取れます。

一方で買い手の視点に立ってみると、買収後すぐにキャッシュアウトが発生することは買い手側が不利になる側面があるので、事前に「退職金支給額を含めて株価を評価する」という双方の合意を得ることが、後のトラブル防止につながります。

2. 退職所得と税額の計算方法

(1) 退職所得とは?

退職金は「退職所得」として区分され、退職所得は、以下の特徴があります。

  • 勤続年数に応じた退職所得控除額を差し引くことができる
  • 控除後の金額をさらに1/2にできる(2分の1課税)
  • 他の所得とは分離課税(給与所得や事業所得とは合算しない)
  • 所得税+住民税の対象である

※ただし、役員勤続年数が5年以下の者へ役員退職金を支給する場合には、退職所得の金額の計算は「退職金―退職所得控除」となり、2分の1できないため注意が必要です。

(2) 退職所得控除額・退職所得金額の計算式

勤続年数に応じて次のように計算します。

退職所得控除額

40万円 × 勤続年数(20年以下の場合)

800万円 + 70万円 × (勤続年数 − 20年)(20年超の場合)

  • ※勤続年数1年未満は、6か月以上なら1年に切り上げ、6か月未満は切り捨て
  • ※最低控除額は80万円

退職所得金額

退職所得金額 = (退職金 − 退職所得控除額) ÷ 2

控除後の金額をさらに2分の1にできるのが大きな優遇ポイントで、これが課税所得として扱われ、累進課税が適用されます。

(3) 具体的な税額の計算方法

① 所得税

前述で求めた退職所得金額に、通常の超過累進税率を適用します。

課税所得金額(年) 税率 控除額
1,000円〜1,949,000円 5% 0円
1,950,000〜3,299,000円 10% 97,500円
3,300,000〜6,949,000円 20% 427,500円
6,950,000〜8,999,000円 23% 636,000円
9,000,000〜17,999,000円 33% 1,536,000円
18,000,000〜39,999,000円 40% 2,796,000円
40,000,000円超 45% 4,796,000円

所得税額 = (課税退職所得金額 × 税率) − 控除額

その上で、復興特別所得税(2.1%)を加算することで、最終的な所得税額を求めることができます。

② 住民税

退職所得金額に対して一律10%を課税します。

(均等割は不要。退職所得は申告不要制度の対象)

住民税額 = 退職所得金額 × 10%

③ 源泉徴収税額(会社が控除する税額)

退職金支給時には、会社が以下を計算して源泉徴収します。

源泉徴収税額 = 所得税額(復興特別税込み) + 住民税額

つまり、退職金の支給時に上記合計額が差し引かれ、残りが役員や従業員に渡されます。通常はこれで確定申告は不要になります(税額はこれで精算済み)。

3. 法人の損金算入時期、個人の所得認識時点

役員退職金については、法人(会社側)と個人(役員側)で損金算入・所得計上のタイミングが違うと税務リスクに繋がるので、実務上重要なポイントになります。

(1) 法人側の損金算入時期

法人税法上、役員退職金は「退職が確定した時点」で損金算入することができます。

具体的には、役員の退職が確定し、株主総会で退職慰労金の支給決議が行われた時点で、「退職金の支給が確定した」とみなされ、損金算入できます。

支給が決定していても、実際の支払いが翌期になる場合は「未払金」として計上可能(損金算入は確定した期)です。

株主総会で決議がされていないにも関わらず退職金を支給すると、損金算入が否認される可能性が大きくなるため注意が必要です。

(2) 個人側

所得税法上、退職所得は「収入を得た日の属する年」の計上のため、個人側は実際に退職金を受け取った時点で課税されます。

クロージング後に支給すると、買い手側のキャッシュから出ることになり、株価調整や契約トラブルの原因になるため、受け取る前にM&Aのクロージングを迎える場合、買い手と調整して「クロージング前に必ず支給」することが一般的です。

4. 役員退職金が役員賞与扱いとなるケース

M&A後も役員が一定期間会社に残る場合、つまり"退職金をもらいつつ、業務の引き継ぎのために顧問や経営アドバイザーとして在籍するケース"は少なくありません。

このような役員への退職給付金支給の場合、役員退職金が役員賞与扱いとなり、法人では全額が損金不算入、個人では給与所得扱いとなる場合があります。

退職金は原則として退任時点で支給されるものです。しかし、M&A後も一定期間残る場合、会社はその期間の業務委託料や役員報酬として報酬を支払うことになります。

役員退職金として損金算入が認められるためには、経営上の主要な地位から外れることが必須となります。

では、「どのような状態であれば、経営上の主要な地位から外れるのか?」という論点が発生しますが、これについては明確な指針があるわけではないですが株式を譲渡することを前提とすれば、次のような事項を守る必要があります。

  • 契約書への押印者や稟議決済者になっていない
  • 人事の最終決裁権を持っていない
  • 銀行との間で主要な融資の交渉を行なっていない
  • 営業時における主要な判断や責任を担っていない
  • 取締役会、経営会議など、主要な会議に参加していない

ただし代表取締役であるオーナーが常勤の取締役として社内に残るにも関わらず、分掌変更に伴う役員退職を支給する場合は、「経営上の主要な地位から外れている」という実態側面から退任したことの説明が難しく、役員退職金は役員賞与として損金不算入、個人側では給与所得扱いとされる可能性が高い点に注意が必要です。

5. 欠損金の繰越控除

欠損金の繰越控除とは、法人が赤字(欠損金)を出した場合、翌期以降の黒字と相殺できる制度です。原則10年間(中小法人は特例あり)繰り越せますが、全部の法人が自由に使えるわけではなく、一定の制限ルールがあります。

(1) 基本ルール(大企業)

欠損金の繰越控除は、課税所得の一定割合までしかできません。制限の割合については時代と共に段階的に変遷していますが、現在(平成30年以降)は50%が上限になります。

例:課税所得1,000万円 → 繰越欠損金は最大500万円までしか使えない

なお、制限割合の変遷は下記の通りとなります。

適用年度 控除限度割合 補足
平成24年3月31日以前 100% 制限なし
平成24年度(2011年4月1日以後) 80% 大法人に初めて「80%制限」導入
平成27年度(2015年4月1日以後) 65% 制限縮小開始
平成28年度(2016年4月1日以後) 60%
平成29年度(2017年4月1日以後) 55%
平成30年度(2018年4月1日以後) 50% 現行ルールへ、令和7年度も安定

(2) 中小法人(資本金1億円以下)の特例

資本金1億円以下の法人については、上述した大企業に適用される基本ルールが免除されます。つまり、課税所得全額に対して繰越欠損金を充当可能です。

つまりは、実質的に「黒字化しても繰越欠損金が残っている限り、法人税がかからない」ことになります。

ただし、資本金1億円以下の中小法人においても、大法人の100%子会社、または100%の兄弟会社(いわゆる「実質的には大企業グループの一員」の会社)については、中小法人の特例からは除外されるので注意が必要です。

6. 譲受企業への欠損金の引き継ぎ

M&A後、100%子会社となった譲渡企業の繰越欠損金を譲受企業に取り込みたいというケースがあります。

(1) 被合併法人の繰越欠損金

譲受企業が100%子会社となった譲渡企業を合併により吸収すると、適格合併となり無税で合併を実施できます。その際に、譲渡企業の繰越欠損金を引き継げますが、その引継ぎには制限ルールがあります。

① 子会社化後5年超の後の合併

この50%超の支配関係が、「譲受企業の合併日が属する期の開始日から5年前の日」以後継続した後に適格合併すれば繰越欠損金の全額を引き継げます。

② 子会社化後5年以内の合併

5年以内に合併した場合には、みなし共同要件を満たせば、繰越欠損金の全額を引き継げますが、満たさなければ子会社化された期の前期以前に生じた欠損金と子会社化された期以後に生じた欠損金のうち不動産などの特定資産の譲渡損は原則引き継ぐことができません(制限があっても、子会社化された期以後に生じた役員退職金支給などによる損金であれば引き継ぐことができます)。

みなし共同要件は、下記のア〜ウ、またはアとエを満たす場合をいいます。

みなし事業共同要件

ア 事業関連性要件

→ 被合併法人の事業と合併法人の事業が相互に関連するものであること。被合併事業及び合併事業はそれぞれの営む事業のうちいずれかの事業が関連していればよい。

イ 規模要件

→ 被合併法人の事業規模が合併後の法人に対して極端に小さくないことを指します。具体的には、被合併事業と合併事業のそれぞれの売上金額、従業員数、被合併法人と合併法人のそれぞれの資本金の額またはこれらに準ずるものの規模の割合がおおむね5倍を超えないことを指します(いずれか1つの指標を満たせばOK)。

ウ 規模継続要件

→ 被合併事業及び合併事業が支配関係発生日から合併直前の時まで継続して営まれており、かつ両時点における事業規模の割合が2倍を超えないこと。

エ 経営参画要件

→ 被合併法人の合併前における特定役員のいずれかの者と、合併法人の合併前における特定役員のいずれかの者とが当該合併の後に合併法人の特定役員となることが見込まれていること。

(2) 合併法人の繰越欠損金

合併法人の繰越欠損金についても、被合併法人と同様の使用制限があり、子会社化後5年以内の適格合併を行った結果、合併法人における子会社化した期の前期以前の繰越欠損金が消滅する可能性もあるため、引継制限同様注意が必要です。

7. まとめ

いかがでしたか?

役員退職金と欠損金の取扱いについて、M&A実務における重要なポイントをお話ししました。

この記事が皆様にとってお役に立てば幸いです。